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歌舞伎の魂を映す映画『国宝』を観た

舞台上で後ろ姿を見せる歌舞伎の女形。橙色の花柄の着物に黒と金の帯を締め、片手に扇子を持ち、背景には松が描かれた金屏風と「国宝」の文字が映える情景。

 
「100年に1本の壮大な芸道映画」──観た瞬間から胸を鷲掴みにされ、あっという間の3時間でした。

映画の概要と魅力

『国宝』は、吉田修一の同名小説を、『悪人』や『怒り』で知られる李相日監督が映画化した人間ドラマの傑作。主人公・喜久雄が任侠の世界から歌舞伎の舞台へと引き取られ、芸の道に人生を捧げて「国宝」となるまでの壮大な物語です。

175分という長尺ながら、映像美や演出、そして歌舞伎への深いこだわりが随所に息づき、観る者を最後まで魅了し続けます。

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李相日(り・さんいる)監督プロフィール

主に日本映画界で活躍する映画監督・脚本家で、緻密な人間描写と社会性のあるテーマで知られています。人間の心の奥をえぐるような演出で評価され、今回は歌舞伎という日本文化を舞台に壮大な物語を描き出しました。

  • 生年:1974年
  • 出身:新潟生まれの在日コリアン3世。4歳で横浜市に移り育つ
  • 学歴:神奈川大学経済学部卒業後、日本映画学校卒業
  • 特徴:原作小説の映画化に定評があり、登場人物の心理を丁寧に掘り下げる演出が持ち味


主な監督作品

公開年作品名特徴
2004年『69 sixty nine』村上龍原作。高校生青春群像劇。
2006年『フラガール』実話を基にした感動作。日本アカデミー賞最優秀作品賞ほか多数受賞。
2010年『悪人』吉田修一原作。深い人間心理と社会問題を描く。
2016年『怒り』豪華俳優陣によるミステリー群像劇。
2024年『国宝』歌舞伎を舞台にした壮大な人間ドラマ。

キャスト&スタッフ

映画『国宝』の魅力を語る上で欠かせないのが、圧倒的な存在感を放つキャスト陣と、世界観を作り上げたスタッフの力です。

主人公・喜久雄を演じるのは吉沢亮。繊細さと狂気、優美さと野心──相反する要素を同時に抱え込む難役を、圧倒的な表現力で演じ切りました。女形としての美しさと、人間・喜久雄の複雑な感情を両立させる姿は、まさに目を離せない存在感。吉沢亮がこれまで培ってきた演技力が、この作品で新たな領域に達したと言っても過言ではありません。

喜久雄のライバル・俊介を演じるのは横浜流星。鋭い感性と野心を秘めた男であり、舞台上では互いに火花を散らし、舞台外では複雑な人間関係を織り成します。張り詰めた空気感と、時折見せる脆さが物語に奥行きを与えています。

この2人が演じる女形の姿は、まさに圧巻でした。

男性が女形を演じるとき、その姿には独特の憂いが漂います。生まれ持った性を超え、手の届かない理想を演じきろうとする想いが、所作や視線の端々からにじみ出る──。そこには、儚さと力強さが同居する、言葉では言い尽くせない美しさがあります。

さらに、喜久雄の師であり、芸の道を厳しくも温かく導く花井半二郎役には渡辺謙。長年のキャリアからにじみ出る重厚さが物語に揺るぎない軸を与え、師弟関係のシーンでは厳しい言葉の裏に深い愛情が垣間見えます。

脇を固める名優たちも、それぞれの役柄を通して歌舞伎の世界の華やかさと、その裏に潜む人間臭さを鮮やかに描き出しています。舞台袖での何気ない会話や視線のやり取りまでが、彼らの演技によって命を吹き込まれています。

脚本は奥寺佐渡子。時を追うごとの展開に深く引き込まれました。撮影は手がけた作品がカンヌで賞を取ったこともあるソフィアン・エル・ファニ。歌舞伎の舞台のきらびやかな光や、楽屋のちょっと暗い緊張感まで、光と影で見事に表現していて、もう一枚の写真を見ているみたいでした。

衣装・美術も細部まで作り込まれ、すべてが「国宝」というタイトルにふさわしい格調高さを備えています。そして、音楽!これがまた素晴らしかったんです。舞台で響く囃子や三味線の音が本当に生々しくて、耳で聞くというより何か繊細な波動を受けているような感覚になりました。

エンディングで流れる主題歌「Luminance」。King Gnuの井口理さんの透き通る声が心にスーッと入ってきて、3時間観終わったあとの余韻に浸りました。作詞は坂本美雨さんで、「特別な誰かの人生に喝采を送りたい」という想いがこもっているそうで、曲の最後まで心が動いたままの状態が続きました。

観客と批評の声

公開後、『国宝』は観客・批評家双方から高い評価を獲得しました。

映画.comに投稿された評価は4.2/5(2025年8月時点)と高水準。レビュー欄には次のような感想が寄せられています。

「主演の吉沢亮さんと横浜流星さん…美しさ、妖艶さ、素晴らしさは筆舌尽くし難い」

「3時間という長さであっても…あっという間でした」

「余韻がやばい」— Lemon8レビューより

また、映画批評サイトやカルチャーメディアからも絶賛の声が相次ぎました。

  • 「光と影の使い方がとにかく美しく…どのカットもまるで絵画のよう」  — Hon-Know Blog
  • 「光と影の対比、構図やアングルまで計算されつくしている」  — CULAレビュー

さらに、興行面でも快挙を達成。公式Xによれば、公開から59日間で観客動員数604万人・興行収入85億円を突破。2025年公開の実写邦画の中で興収1位という輝かしい記録を残しました(東洋経済オンライン)。

SNS上では、舞台芸術ファンだけでなく、これまで歌舞伎に馴染みのなかった若い世代からも「この作品で初めて歌舞伎の世界に興味を持った」「文化と人間ドラマがこんなに融合できるとは」といった感想が多く見られました。


まとめ

『国宝』は、ひとりの男が芸の道にすべてを捧げ、光と影の狭間で生き抜く姿を通して、私たち自身の生き方や人生哲学を問いかけてくる作品です。

スクリーンに広がるのは、歌舞伎という伝統芸能の華やかさと、その舞台裏に潜む孤独や葛藤。吉沢亮・横浜流星をはじめとする俳優陣が、芸道を極める者の喜びと苦悩を全身全霊で演じ切り、李相日監督がその物語を緻密かつ情熱的に紡ぎ上げています。

映像は一枚の絵画のように美しく、光と影のコントラストが物語の感情をさらに深く引き立てます。そして音楽は、時に舞台の高揚感を、時に人物の胸の奥に潜む静かな鼓動を響かせ、観る者を物語の中心へと導きます。

「喜久雄が見たかった景色」というキーワードは、この映画の深いテーマを象徴する重要な要素です。

白無垢姿で和傘を差し、舞い散る紙吹雪に包まれた歌舞伎舞踊『鷺娘』を思わせる女性。映画『国宝』で描かれた喜久雄が見たかった景色を象徴する情景

3時間近い上映時間でありながら、その世界から抜け出したくなくなるほどの没入感。観終わったあとも胸の奥に熱が残り続け、ふとした瞬間にあの舞台の光景や旋律が蘇ってくる──そんな映画体験は、そう多くはありません。

美しさと狂気、静寂と情熱、日本の伝統と普遍の人間ドラマ──そして芸道の奥に潜む人生の哲学が、ここにあります。

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